大塚博堂
また、やっちゃいました・・・(涙)。昨年も書き忘れて、今年は絶対に書くと決めていたのに・・・。その日は、5月18日・・・。
大塚博堂という歌手をご存知だろうか? 32歳でデビューし、37歳で逝ってしまった歌手である。 シングル11枚、アルバム8枚を残して・・・。
山輝亭が大塚博堂を知ったのは、彼が亡くなる半年位前だろうか。 当時、中学生だった山輝亭が、FMから流れてくる「もう子供でも鳥でもないんだから」を聞いたのが最初だと思う。 山輝亭が中学生の頃は、松田聖子・田原俊彦等がデビューし、アイドル歌手全盛に入る時代だ。 その中にあり、優しく語りかけるような歌い方、透き通った歌声、高い歌唱力に魅了された。
その後、デビュー曲の「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」、アルバムの中の「ふるさとでもないのに」「旅でもしようか」「娘をよろしく」を立て続けに聞く機会があり、完全にハマッテしまった。
ライブアルバムを購入して聞くと、彼のシャイな面が伝わってくる。トークと言うよりも、曲紹介のみと言った方がいいかもしれない語りだが、歌声同様に優しさが伝わってくる。
78年:布施明競作シングル「めぐり逢い紡いで」発売。 79年:「青春は最後のおとぎ話」がNTVドラマ「聖女房」主題歌に。 80年:「センチメンタルな私小説」が同タイトルNHK番組のイメージソングに。 81年:「春は横顔」がマックスファクター春のキャンペーンソングに。
これが世間的にはメジャーな部類なのだろうか・・・。
そんなある日、新聞を見ていると、石原裕次郎の記事が社会面に大々的に載っている。手術成功の記事だったか、病院の屋上から手を振る記事だったかは不明。その片隅に大塚博堂の訃報が・・・。愕然とした。 それが1981年5月19日。大塚博堂が逝ったのが5月18日。
今日は、月命日とい事で許してもらおう。
一度で良いから、生ライブを見たかったなぁ・・・。
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